会派結成
5月1日正午までに会派結成届を提出しないと個人営業の議員ての活動となります。
民主主義は多数決ですから、志や政策が一致する同士と会派を結成して議会運営を簡素化する訳です。
3名以上から交渉会派として認知され、議運等に委員を派遣する事が出来ます。
議員の調査権など平等ですが無会派ですと発言力が低下するのは否めません。
不公平と思われる方がいらっしゃると思いますが、民主主義の基本は数ですから発言権の増したかったら仲間を当選させなさいとなる訳です。

例えば同じ自民でも方向性が違えば同一会派とはなりません。また、数を頼りに無理やり筋目の違うメンバーで結成する事例も見られますが、大抵の場合、破綻するケースが多い様です。
私の会派は、改選前3名でしたが、岩田副議長のご勇退により2名となりました。
交渉会派結成に血眼になっての勧誘は行わず、浮いている議員さんについては政策が一致すればエウルカムです程度のアプローチに留めました。
当日に自民系加藤議員から合流が示され承諾して結成届を提出した。

午後からアロハビズの式典が市役所ロビーで挙行されました。司会は玲ちゃんでした。
思い起こすと当時の会議所会頭から『浴衣祭』では全然浸透しないと相談されて『アロハにすれば大丈夫です。』と回答した事が思い出されます。


2023.05.02 10:29 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 活動報告
大岡祭


改選後初のお仕事は大岡祭の大岡忠相公墓前法要です。

15代御当主夫妻をお迎えして菩提寺(浄見寺)で行われました。茅ヶ崎市北部は徳川家が江戸に移っからのて大岡家500石の知行地です。

大岡忠相公は町代の廃止(享保6年)や町名主の減員など町政改革も行なう一方、木造家屋の過密地域である町人域の防火体制再編のため、享保3年(1718年)には町火消組合を創設して防火負担の軽減を図り、享保5年(1720年)にはさらに町火消組織を「いろは四十七組(のちに四十八組)」の小組に再編成した。また、瓦葺屋根や土蔵など防火建築の奨励や火除地の設定、火の見制度の確立などを行いました。また、江戸期に旗本から大名格となった唯一の一族です。

消防団の原点の創始者であり、墓前法要には江戸から保存会の皆様がお越しになられ木遣法要をして下さいます。



翌日はゆかりの町・岡崎市、防災協定の佐久市・泉佐野市のブースを表敬訪問いたしました。佐野市議長と暫し昔話など交わして敬意を表しました。



2期目の議員さんは、新型感染症により外交経験が無い事を痛感いたしました。

この辺りについては感染症蔓延前に修復する必要があります。


2023.05.02 10:20 | pmlink.png 固定リンク | folder.png 活動報告